魚が悲しさうに言ひました

 それで魚は背筋のところに、すこし許り残つた肉をあげますからと言ひました。『そればかりの肉ぢや駄目だよ』 と烏は言ひましたので、『わたしのだいじな眼玉をあげませう、もうこれだけより残つてゐないのですもの』 と魚が悲しさうに言ひました、それで烏は魚の眼玉を嘴《くちばし》で突いてふたつ取りだしました。しかし魚の眼玉は、からからに乾からびてとても喰べられませんでしたが、烏は首飾りにでもしようと考へましたから、これを貰つてぽけつとにしまひこみました、それから背筋の肉やら、体ぢゆうの肉と云ふ肉を探して、きれいに喰べてしまひました。 けれども皆が喰べた後ですから、烏にはいくらも肉のお礼をやることができませんでした。 烏は魚の骨をたくましい手で掴んで、どんどんと海にむかつて空を飛びました。だいぶ来たと思ふころ、烏は不意に魚を掴んでゐた手を離して一目散に逃げてしまひました、幸ひ魚の落ちたところが柔らかい青草の丘の上でしたから怪我をしませんでしたが、魚はたいへん悲しみました。『あゝ、海が恋しくなつた、青い水が見たくなつた。白い帆前船をながめたい』 と、この丘の上で秋刀魚は口癖のやうに言ひました、ふと何心なく耳を傾けますと、この丘の下のあたりで、どうどうといふ岸をうつ波の音が聞えるではありませんか、なつかしいなつかしい波の音が、そして遠くのあたりからは賑やかな潮騒がだんだんと近くの方へひびいてきます。 烏に眼玉をやつてしまつた魚は、盲目《めくら》になつてしまつたので、そのなつかしい波の音を聴くばかりで、青い水も白い帆前船もながめ見ることが出来ませんでした、そして海風のかんばしい匂ひにまぢつた海草の香などを嗅ぐと、秋刀魚はたまらなくなつて、この青草の丘の上でさめざめと泣き悲しみました。 魚はまい日まい日丘の上で、海鳴りを聴く苦しい生活をしました。或る日のこと、魚のゐる近くにお城をもつてゐる蟻の王様の行列が、魚のつい近くを長々と通りましたので、魚は行列の最後の方の一匹の蟻の兵隊さんにむかつて、自分の身の上を話して海まで連れて行つて欲しいと頼んでみました。蟻の兵隊さんはこのことを王様に申し上げました、蟻の王様はたいへん秋刀魚の身の上に同情をしてくださいました。そして早速承知をして、家来の蟻に海まで運ぶやうに下知《げち》をいたしました。

— posted by id at 12:29 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 2.0800 sec.

http://ebook-my-home.com/