小川の流れた野原

ある日、小川の流れた野原に、たくさんの鳥達が集つて、さかんにお化粧をはじめました。烏はせつせと藁で、自分の体をこすつて、黒くつや/\と磨きますし、山鳩は小川の浅瀬で、しきりに体を洗つてゐました。 其のほか鴨や、山鳥や、シギや、岩燕《いはつばめ》や、鴎や、あらゆる鳥達が、小川の岸に集つて、口の周囲《まはり》を染めたり、羽を洗つたり、白粉をつけたり、紅をつけたり、手をそめたり、熱心に化粧をしてゐるのですから、その賑やかなことといつたら、ちやうど海水浴場へ行つたやうな賑やかさでした。 かうした騒ぎの最中に、一羽の鳶の子が、転げるやうに飛んできて『みなさん。大変ですよ、母さんが急にお腹《なか》をやみだして、悪いんですよ』と告げました。 鳥達は母親の危篤と聞いて吃驚《びつくり》して、あわてて川からあがるものや、化粧道具を片づけるものや、それはたいへな騒ぎとなりました。 なかでもふだんから、いちばん親孝行な、アマム・エチカッポ(雀のこと)は、いま小さな壺をもつて、口をそめてゐた最中に、この知らせを聞いたものですから、『わたしお化粧どこぢやないわ』と言つて墨のはひつた、いれものをぽんと後に投りました。 そしてたいへん慌てながら、傍《わき》に化粧をしてゐた、おめかし屋のイソクソキ(啄木鳥《きつつき》のこと)にむかつて、『さあ、母さんの病気です。いそいで参りませう』と言ひました、するとイソクソキは『お腹の痛いくらいなら、大丈夫よ、わたしお化粧が、いますこしで終へるんですもの。』 かう言つて動かうとはしませんでした。アマム・エチカッポは、イソクソキにはかまはずに、母親のところへ、どの鳥よりもまつさきに馳けつけましたが、親不孝なイソクソキは、どの鳥よりも、いちばん後《おく》れて来ました。 皆の馳けつけた頃には、母親の腹痛は、だいぶよくなつて居りました。 母親はアマム・エチカッポが、誰よりもまづ先に飛んできて呉れたので、たいへん喜びました。いまでも雀の嘴《せ》のあたりの黒いのはこのとき墨の容物《いれもの》を投げた、墨が垂れてついたもので、羽にぽつ/\と、黒い斑点のあるのは、墨の散つてついたのだといふことです。

— posted by id at 12:52 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 2.0734 sec.

http://ebook-my-home.com/