おしやべり上手の野牛

四十雀《しじゆうから》、蛙、カナリヤ、梟、山鳩、木鼠《もづ》、虻やら、甲虫、蚊など、どれも得意の話ぶりでしたが、おしやべり上手の野牛には、どうしてもかなひません。それで野牛はますます得意になつて、しやべりだしました。 すると何処からともなく、『さあ老ぼれ野牛、こんどは俺さまがお相手だ』 とさんざん野牛にむかつて悪口を言ふものがありました。 みるとこの悪口の主《ぬし》は、それはちいさな、一匹のこほろぎでありました。 そのこほろぎは、野牛に殺された樵夫の父親が、杉の大木を半分伐りかけて、やめてしまつた、樹の切り口の奧の方にはひつて、さかんに野牛の悪口を言つてゐるのでした。野牛は烈火のやうに怒りました。『ぢやあ、チビこほろぎから始めろ』『よしきた、老ぼれ野牛、さあ俺さまから始めるぞ。昔々あるところに、お爺さんとお婆さんとが住んでゐたのだ。お爺さんがあるとき山へ柴刈りに行つた、どつさりと柴を刈つてさて山のてつぺんで、お昼のお弁当をひらいた。おばあさんの、心づくしの海苔巻《のりまき》の握り飯を、頬ばらうとすると、どうしたはずみか握り飯を手から落した。握り飯は、ころころと転げた、ころころころ/\ところげた、山のてつぺんからふもとをさして、いつさんに、ころころころころころころ/\ころころ』『ころころころころ、ころころころ』 さあその『ころころ、』の長いことがたいへんです、こほろぎは、それは美しい調子をつけて、いつまでも/\、『ころころ』と鳴きだした。『おい/\こほろぎ奴《め》、まだその握飯がころげてゐるのかい』『まだまだだ、握飯はいまやつと、丘を越えたばかりだ、お爺さんは、一生懸命その後を追ひかけてゐる、握飯はころころころころころころころころ』 その日は、夜《よ》をとほして、こほろぎは、ころころと話し続けました。その翌日《あくるひ》も、その翌日も、いつになつたらその話を止《や》めるか、わかりませんでした。

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