或る夫婦牛《めをとうし》の話

手品師は、眠つたやうな穏やかな顔をして死んでゐました、手品の種のはひつた袋を枕にして、その袋からは、綿細工の鬚の長い人形が、お道化《どけ》た顔をはみだして、子供たちの顔を見てゐるやうでした。(大15・12愛国婦人)[#改ページ]

或る夫婦牛《めをとうし》の話[#「或る夫婦牛の話」は大見出し]

 ……私の書斎に、遠くの村祭の、陽気な太鼓の音がきこえてきましたが、昨日からばつたりと、その音が鳴り止《や》んでしまひました。 ……この破れた太鼓のお話をしようと思ひます。     * ――爺さんや、わしは今夜はたいへん胸騒ぎがしてならないよ。急にお前さんと、引き離されてしまふやうな、気がしてならないな。 ――ああ、婆《ばあ》さんや、わしも胸が、どきん、どきんするよ、きつと明日《あした》は、何か悪るい出来事があるに違ひないな。 爺さん牛と、婆さん牛とは、小さな牛小舎の中に、こんなことを、しやべりあつてゐました、はては気の弱い婆さん牛は、声をあげて泣きだしました。 爺さん牛も、婆さん牛が、泣くので、つい悲しくなつて、大きな声でいつしよに、泣きました。 ――婆さんや、お前は何が悲しくて泣くんだい。 ――爺さんよ、わしもわからないが、かなしくなるんだよ。婆さん牛は、小舎の乾藁《ほしわら》に、眼をすりつけて、わいわい言つて泣きました。 すると小舎の戸があいて、飼主が手に蝋燭をもつて入つてきました、そして大きな声で――こん畜生奴、何を喧ましく、揃つて泣きやがるんだい、おれらは明日の仕事もあるんだから、静かにして寝ろよ。 飼主は、かう言つてどなりました。 牛達はそこで、自分達は、何か夜が明けると、悲しい出来事が、身に降りかかつて来るやうな気がして、ならないから泣くのです。と飼主に訴へますと、飼主も急に悲しさうな顔になつて

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