屠殺場《とさつば》

――お前達は、可哀さうだが、夜があけると屠殺場《とさつば》におくつてしまふのだ。 と言ひました。そして特別に柔らかい草を、どつさり抱へてきて、夫婦牛《めをとうし》にやりましたが、牛はさつぱり嬉しくはありませんでした。 ――御主人さま、屠殺場といふのはなにをする処でございませう。 ――そこは、お前達を、殺《や》つつけてしまふ場所だよ。 ――殺《や》つつけるといふことは、どんなことでございませう。 ――殺《や》つつけるといふのは、お前達を殺《ころ》してしまふことだよ。 ――殺すといふことは、どんなことでございませう。 ――さうだな殺すといふことは、死んでしまふことだな。 ――死ぬといふことは、どうなることでございませう。 ――どうもわからないな、実はな、わしもよく、その死ぬといふことがわからないが、まだいつぺんも死んで見た事がないんでな。 飼主も、かう言つて、小舎の横木に頬杖をして思案をしました。 ――まあ、たとへばお前達を、その屠殺場といふ、街端《まちはづ》れの黒い建物の中にひつぱり込んで、額を金槌でぽかりと殴りつけるのだ、すると額からは、血といふ赤いものが流れだして。 すると爺さん牛は、横合から頓狂な声をだして、――旦那さま。すると旦那さまが、毎朝わし達を牧場に追ひだすときのやうに、鞭で尻つぺたを、殴りつける時のやうにして、 ――あんな、生ぬるいもんぢやないよ、力まかせに、精一杯にな、殴りつけるんだ、お前たちが、大きな地響して、ひつくり返つてしまふほどに殴るのさ。 ――あ、わかつた、死ぬといふのは、そのひつくり返る事だな。 ――ああ、違ひない、そのひつくり返ることだよ。 飼主は、かう言つて逃げるやうにしてどんどん行つてしまひました。 ――爺さん、わしは妙に、そのひつくり返ることが嫌になつた、どんな具合に、ひつくり返るんだらう。

— posted by id at 01:29 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.1233 sec.

http://ebook-my-home.com/