トロちやんと爪切鋏

お祭りの最後の七日目の事でした。 ひと雨降つて晴れたと思ふまに、凄まじい大きな、ちやうど獣の咆えるやうな、風鳴りがしました。 すると森の木の葉がいつぺんに散つてしまつたのです。 ――やあ、風船玉があがる。 ――やあ、大風だ、大風だ。 子供達が手をうつて空を仰ぎました。 風船屋が、慌てて風船を捕まへようとしましたが、糸の切れた赤い数十のゴム風船は、ぐんぐんぐん空高く舞ひ上りました。 陽気に鳴り響いてゐた、夫婦牛の太鼓が急に、大きな音をたてて、破れてしまひました。 ――爺さん。わしは急に声が出なくなつた。 ――うむ、わしも呼吸《いき》が苦しくなつてきた、ものも言へなくなつてきたよ。 ――爺さん、またわし達の、ひつくり返るときが、きつとやつて来たのだよ。 ――ああ、さうにちがひない、体が寒むくなつてきたな、婆さん。 ――では、またわし達は、別れなければならないのかい。 ――さうだよ、ひつくり返るのだよ、婆さんまた何処かで、逢へるだらうから、さうめそめそ泣きだすもんぢやないよ。 一陣の寒い、冷たい風が、太鼓の破れを吹きすぎました。(昭2・3愛国婦人)[#改ページ]

トロちやんと爪切鋏[#「トロちやんと爪切鋏」は大見出し]

 トロちやんは、可愛らしい嬢ちやんでした。でも、夜眠る前に、トロちやんのお家では、大きな盥《たらひ》を、お台所に持ち出して、子供達は手足をきれいに洗ふことになつて居りましたのに、トロちやんだけは、嫌やだ、嫌やだと言つて、どうしても手足を洗はせません。 これだけは、トロちやんは、悪い子でした。 そこで仕方なく、お母さんは、汚れたトロちやんの手足を、濡らした手拭で拭つてやりました。 トロちやんは、或る日、お兄さん、お姉さんと一緒に、お母さんに連れられて、近くのお地蔵さまの縁日にでかけました。 ずらりと列んだ夜店は、たいへん賑やかでした。

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