肥つちよの悪魔

お母さんがきつと小指の爪を切つて下さるのを忘れたのに違ひない。 かう思ひましたので、ぱつと寝床からとび起きて、絵本の上にのせておいた爪切鋏を、枕元からとつて、あわてゝ小指の爪をチョキンと切りました。 肥つちよの悪魔は、爪を切られて、転げ落ちました。『さあ、みな扉がしまつた、逃げろ、逃げろ。』『爪切鋏は怖ろしいぞ。』 悪魔はかう口々に云つて、散々ばらばらに、逃げました。 その逃げる格好は、それは滑稽で、机の足に頭を打ちつけたり、壁に衝突したり、電燈の笠にかけあがつて、辷り落ちたり、それは、それはお可笑なあわてやうでありましたので、トロちやんはお腹を抱へて大笑ひをいたしました。 夜が明けました、トロちやんは、お母さんに、その朝、昨夜《ゆうべ》の悪魔が、爪から入らうとして、トロちやんにチョキンと爪を切られて、逃げだした話をいひました。 お母さんや、お兄さんや、お姉さんは、トロちやんの大まじめの顔での、お話をきいてみな大笑ひをして、トロちやんの勇気をほめてくれました。『お母さんは、トロちやんの小指の爪を切るのを、忘れたかしら』 かうお母さんが言つて調べてくれました。小指の爪だけ忘れてありました。 お母さんは、そこで爪切鋏で切つてくださいました。そして前日の約束通り夜遅くまでかかり、ちやんと仕立ててあつたトロちやんと、小猫のミケの小さな花模様美しいお座布団を、御褒美にくれました。 トロちやんと、ミケとはそれにならんで座りました。ミケも嬉しさうに、座布団の上に、立ちあがつて、両手両足をながながと伸ばし、トロちやんの顔を見ながら、背伸びをいたしました。 トロちやんは、これを見て驚ろいて、『ミケ爪を出したら悪魔が入るのよ。』 と叱りつけました。 ミケも驚ろいて、ニャーンと鳴いてくるりと小さく座つて、爪をみんな隠してしまひましたとさ。(昭3・11愛国婦人)[#改ページ]

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