左の尻の肉を切りとつた

男は喜んでその日は、前日左の尻の肉を切りとつたので、こんどは右の尻を掌ほどの肉を切りとりました。 その翌日、大変な事が起りました。 何時ものやうに、種豚のお尻の肉を削りとらうとして、尻に庖丁を切りつけました。そのとき、何処からともなく、物の焦《こ》げつく匂ひがしてまゐりました。 つづいて、パチンパチン、と何やら金物の割れる音がしました。 男は鼻を、ピク、ピク、させました。『これは失敗《しまつ》た、フライパンを、火にかけたまま来てしまつたぞ。』 お台所に、駈けつけてみると果たして肉鍋は、火の上で割れてゐました。今度は豚小屋に引返してみると、豚はお尻に庖丁をさしたまま、高い石垣から転げ落ちたので、胴体が、すぽりと、二つに切れて死んでゐました。 二頭の豚をなくした男は、生き残つたたつた一頭の種豚を大切にいたしました。『豚小屋を、きれいにするのはお可笑《かし》い。豚小屋は昔から、汚ないところときまつてゐるのに。』 と近所に住むお婆さんに笑はれたほどに、敷藁の取り替《かへ》や、床板のお掃除に、一生懸命になりました。 ところが豚のお腹が、だんだんと、太鼓のやうにふくれてきました。男は豚の赤ちやんの産れる日を、首を長くして待ちました。 男が畑で作物の手入れをしてゐた或る日、急に豚小屋の方が騒がしくなつて、元気のよい、『一匹産れたピー』 といふ豚の子の口笛がするのを聞きつけました。つづいて『二匹産れたピー』といふ、空にもひびくやうな朗らかな声がきこえました。男は『それ豚の子が産れた。』と飛びあがつて喜び、手にもつてゐた鍬《くは》を投りなげてかけつけました。

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