薔薇の花の露

しかし小母さんの機嫌のよいのも、ほんのちよいとの間でした。午後になつて、薔薇の花の露もとけてしまひ、お日さまがぎら/\と照る頃になると、だん/\と小母さんの気があらくなつてまゐります。 そしてはげしく薔薇の鞭をならしました。 唖娘はいち/\、ひとつ残らず薔薇の花に、接吻をして廻らなければなりませんでした、すると不思議なことには、蕾はぱつと開き、元気なくしをれていた花は、いき/\と頭をもたげました。 唖娘は午後から、かうして幾千といふ数かぎりない花園の薔薇に、接吻をさせられましたが、しまひには唖娘の可愛らしい唇は、あれきつてザクロのやうになつてしまひました、そしてふつくらと、ふくらんでゐた頬も棘に引掻れて、憐れに傷ついて、治るひまもないほどでありました。 夜になると、唖娘はまた小さなカンテラをともして、花園にゆかなければなりませんでした、そしてそのカンテラの灯でてらしながら、薔薇のひとつひとつの棘をていねいに磨かなければなりませんでした。 唖娘が、蛙のやうにも、ひい/\と馬のやうにも泣くことができなくなりますと『この娘は、なんといふちかごろ強情になつたのだらう、少し位打つても泣かない。』 かう小母さんは言ひながら、以前にも増してはげしく鞭を振りました。 唖娘はやがて、まつたく泣くことも笑ふことも忘れてしまつて、石のやうな顔となつてしまひました。 或る日、唖娘がよねんなく、野原で花びらをつないでをりましたところがいつの間にか自分の傍《そば》に、緋の衣装《ころも》をきた少女が坐つてゐて、をなじやうに花びらをつなぎ始め、をりをりにつこりと、優しく唖娘に笑顔をむけましたが、とう/\いつの間にか二人は仲善しになつてしまひました。 しかし唖娘は物を言ふことができなかつたので、どんなに悲しかつたでせう。

[#4字下げ]四[#「四」は中見出し]

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