マナイタの化けた話

マナイタの化けた話[#「マナイタの化けた話」は大見出し]

 海の水平線に、小さな帆前船が現はれました。見ると船の上には、四五人の人が立つてゐて、手をふりあげて、岸にむかつて助けをもとめてゐました。 アイヌの村に、この奇怪な船があらはれると、アイヌ達は『それやつてきた――』と大騒ぎになります、アイヌ達は家の中に逃げ込んで、戸口をしつかりと押へつけ、そとから開かないやうにしました。 そして恐ろしさにぶる/\ふるへて居りました。アイヌ達の犬も、ふだんは猟に出て熊と格闘をするほど勇気がありましたが、この幽霊船が現はれると、尻尾をまいて、ちゞみあがつて、家の中に逃げ込んでしまふのでした。 沖に現はれた帆船の上からは、小舟がおろされ、見ると子供ではないかと思ふほどの小さな男が短かい手槍を抱へて、ひらりと小舟に飛びをりました、顔が朱のやうに赤い男でした。 小男はたつた一人で小舟にのつて、上手に漕ぎながら、岸にむかつてやつて来るのでした、船が岸に着くと、小男はその村の酋長の家の戸の前にたちました。それから戸を叩きながら『海へ行かう、海へ行かう、海は大変きれいだよ』といふのでした。 するとアイヌの酋長は悲しさうな顔をして戸口にあらはれました。そして酋長はこの不思議な小男に連れられて、沖の船に乗せられてしまひました、酋長はいつまでたつても村に帰つてきませんでした、もし酋長が、『私は海へ行くのは嫌です――』などと言へば、たちまち小男の手槍で突き殺されてしまふのです。アイヌの酋長のうちにも、武勇のすぐれた者もゐましたが、この小男の槍のつかひ方のうまいのにはかなひませんでした、船の上で助けをよんでゐるのは、かうして小男にむりやりに船にのせられた村の酋長たちであつたのです。 それでアイヌ達は村の沖合に、帆前船が現はれるのを大へん怖れてゐるのでした。一度アイヌの村にこの小男の船が現はれると、その村から足の早いアイヌが走り出して隣り村まで駈けてゆきます、村に入るとこのアイヌは村中にひびくやうな大きな声で『フホーイ、フホーイ』と叫ぶのです、これはアイヌ仲間で、何か大きな出来事が起きたときに呼ぶ叫び声でした、すると村中のアイヌが家からとび出して、この隣り村から走つて来た伝令のアイヌのまはりを取りかこむのでした。

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