赤い顔の小男の船

『大変です、皆さん、私の村に赤い顔の小男の船がやつて来ました、あすの夕方にきつとあなた達の村にやつてくるでせう――』 かう報告して、そして伝令のアイヌは又自分の村へ走りながら帰つて行きます、すると教へられた村では、そこからもフホホーイの伝令が村から村へと飛びまはるのでした。 或る村に、年若い酋長夫婦が住んで居りました、アイヌ仲間にも大変徳望があつて、村人達は、この酋長を父のやうに崇めてをりました。それでもしも奇怪な小男が、自分達の村の酋長を海に連れて行つてしまふやうな、不幸なことになつては大変だと、村人達は心配しました。そこで夜の海岸にアイヌ達は焚火をして、白い御幣《ごへい》を砂の上にたて、そのまはりを取りまいて、アイヌの神様にむかつて『どうぞ私達の村の酋長を悪い小男が連れて行きませんやうに――』と熱心にお祈りをしました。しかしそれは無駄でした、あるときこの村の海の沖合にも、突然小男の帆前船が現はれたのでした。 酋長夫婦の驚きはもちろんのこと、村人達は悲しみました、酋長の妻はこの突然の出来事をどうして切り抜けて、夫を救はうかと小さな胸をいためました、それは神様にお祈りをして、助けてもらふよりしかたがないと考へましたので、夫のために一生懸命祈りつゞけましたが、その甲斐もなく、海岸にあらはれた小男の姿は、一直線に酋長の家にやつて来ました、そして例のやうに『海に行かう、海に行かう、海は大変きれいだよ――』 と低い太い声で言ひました。 若い酋長は、小男の槍は神技《かみわざ》のやうに早いことを知つてゐたので、とうてい小男を倒すことは出来ないと、心にあきらめてしまひました。今は小男に連れてゆかれるより仕方があるまいと思ひなほして、そこで妻と別れの言葉をかはしました。 妻はふと思ひついたやうに、奥の部屋に入つて行き、自分の家の宝物にしてゐた立派な短剣を手にして出て来ました、夫にそれを手渡しながら『これは私の記念としておもちになつて下さい――』と言ひました。 そして妻の眼は『もしをりがあつたら、この短剣で、たゞ一突に小男を突殺して、帰つて来て下さい』と、言葉には出さず、心の中をかたる眼つきをしながら、妻は刀を夫に渡しました、酋長はうなづきながら、怪しい小男と連れだつて戸外に出ました。

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