山小屋をひきあげて

やがて神様は、辺りの獣も狩りつくして少なくなつたので、山小屋をひきあげて、遠くの山奥に移り住むことになりました、そこでそのマナイタもいらなくなつたので、小屋の中に捨てたまゝ出発してしまひました。 小屋の中に残されたマナイタは、主人をうしなつて、さびしい悲しい思ひをしながら誰一人やつて来ない、谷間の小屋にとり残されて何十年となく暮らしてゐました。 マナイタは今にも神様がひよつこりと山小屋にかへつて来るやうに思はれてなりませんでした、毎日毎日主人のかへりを待ちこがれてゐました、しかし神様はこの捨てたマナイタのことなどは考へてはゐなかつたのです。 それからまた何十年と経ちました、ながい年月の雨と風に、小屋は傾き果て、そのうちに或る日大水が出て小屋は強い水の勢ひで谷川に押しながされてしまひました、マナイタも、ぽかんぽかんと谷川に流され、あちこちの岩にぶつかり、岸に打ち上げられ、また水にさらはれたり、何十年となく谷を下流にむかつて旅をつゞけなければなりませんでした、そしてやうやく海に出たのでした。 その海を流れるマナイタの生活も、それはそれは永い間で、何十年、何百年といふ年月をもう忘れてしまふほど、浮いたり、沈んだり、潮にもまれる、つらい/\生活をつゞけました。 昔は若者であつたマナイタも今はまつたく腐つてしまつて、見るかげもなく醜い老人となつてしまひました。『にくらしいアイヌの神様、にくらしいアイヌ奴を呪ひ殺してやらう、海へ行かう、海へ行かう、海は美しいとアイヌ達を連れ出して、おれと同じやうな苦しい、さびしい思ひをさせてやらねば、気が済まない――』 腐つたマナイタは、そこで悪魔にかはりました、そのマナイタの精霊はアイヌを呪ふ心にもえて、人間の姿に化けたのでした。 あまりの憎らしさに酋長の妻が罵つた『腐れイタダニ奴――』といふ言葉に、マナイタの精は、その正体を見あらはされて、その神通力を失つて死んでしまつたのです。 またそれが長い間のかなしい海を漂ふ苦しみからはじめてマナイタが救はれたのでした。その魂は清い汚れのないものになつて天に昇つて行つたのです、アイヌ達よ、お前達は山小屋に、自分の使つた刃物や、マナイタや、そのほか何でも、置き忘れて来る様なことがあつてはいけないよ、主人を失つたこれらの品物が、どんなにひとりで淋しく山奥に暮してゐるかと云ふことを考へてやらなければいけない――からマナイタの神様は夢枕でお告げになつたのでした。酋長は夜が明けると、早速村のアイヌ達を呼び集めて、このマナイタの神様のお告げを伝へました。それからアイヌ達は山奥に自分の使つた品物を置き忘れて来るやうなことのないやうにしました。(小熊夫人書き写し)[#改ページ]

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