儀式は始つてゐる

いましも往生をのぞむ奇特な老人のために、儀式は始つてゐる、寺院は湧き立つ鍋のやうに震動してゐる、そのとき老人は、空虚な足どりをもつて二人の僧侶に肩をささへられながら蓮に通ずる階段をのぼつてゆく直視するに到底堪へないほどの老人の顔は、素朴な百姓の顔、彼は蓮の花弁の中に端座する花弁が音もなくとぢられ花弁がしづかに開かれるとき彼の肉体から、生命がタンポポの柔毛が風に舞ひたつやうに、高く去つてしまふために、彼は坐つた、花は閉ぢられた、寺は儀式の終末を告げる最後の努力をもつてあらゆる楽器は激情的な騒音を連続的に立て僧侶たちは花の中の物音を打ち消さうとするかのやうに奏楽すれば信者たちは、花の中から聞えてくるコトリといふ物音をも聞き洩すまいとするかのやうに周囲の雑音と彼等の耳はたたかつてゐる花の中の老人はすでに冷静を失つてゐた、花の中は暗黒、彼の坐つてゐる空間は極度にせまい、けだものの皮に縫ひこめられた人間の苦痛にひとしい花びらの中にとらへられた人間の不安、台の下から恐怖が襲つてきた

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