カミナリ

カミナリ

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]昼頃から雨雲が一つ、空に浮んでゐるが動かない。夕方になつたが鋪道は熱い。そのころ雲はやつと、位置を変へはじめた。高い雲の間で電光は、癇癖らしく光る。雷鳴もはげしく呟きだすと、人々は一斉に空を仰いだ。そして俄か雨を期待した。なんて自然は、人間のやうな感情家だらう。空を走る電光は、人間の額を走る青筋のやうだ。空のあちこちでは、陶器を乱雑にこはしまはる男が駈けまはつてゐるやうに鳴る。突然大劇場の屋根の避雷針のあたりに光と音との突然の衝撃が、冷めたい青い光を投げ下ろした。通行の女達はキャッと叫んで、傍らの男にしがみつく。私も傍の女の人に、しがみつかれて、天の鳴物が私に、思ひがけない幸福を恵んでくれた。私は、カミナリの激しさに命が惜しくてならない――といつたあわてぶりで逃げまはる群衆をみて、思はず或る一つのことを思ひ出して微笑が湧く。ロシアの詩人レルモントフが夜、雷の激しさに感動して、扉をひきあけて戸外にとびだし、いきなり電光を手掴みにしようとしたことを。それは少しも奇矯な行為ではない。詩人の感情がいかに高い衝動のために、いつも用意されてゐるかを示すものだ。しかもレルモントフは、自由を愛し、それを求める態度は、手の中にイナビカリを捉へようとした激情に似たものをもつて、短かな一生をたたかつた。[#ここで字下げ終わり]

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