新ベニスの商人

寓話詩  ――新ベニスの商人――

米屋は言つた ―一升だけなら売りませうしかし、と彼は舌なめずりして ―一升の代金のほかに 貴方のモモの肉も一片下さいそこで聖人は米を受け取つて ―よろしい、肉をあげませう しかしせめてこの米を炊いて 喰ふ間だけ御猶予ください聖人は米の袋を抱へて帰つて行つた

いくら待つても聖人がモモの肉を渡しに来ないので米屋は聖人の家に行つてみたすると聖人は戸口に張紙して[#ここから1字下げ]「米を炊かうとしたら炭がなかつたのでこれから炭買ひに諸国行脚にでかけます―」[#ここで字下げ終わり]

ある小説家に与ふ

君は真剣に文学を綴つてゐるつまり真剣に嘘をつくるために書いてゐる君は――太陽がすぐ自分の手の中に堕ちてきさうな自信をもつてゐる君は――現実をたたきまはる埃りとゴミとを追ひ出すために街中、自分の寝床を引きまはすやうに醜態をつくしながらながい、ながい、情痴の物語りを引き廻すお嬢さんがゐなくなつたら君の小説の主人公がゐなくなる君には未亡人が是非必要だ蒸風呂にひたつたやうな心理の湯気にとりかこまれて酔ふことのできる身分でことさらに現実を復[#「復」に「ママ」の注記]雑にして享楽してゐる君の読者は頭が単純で行為は復[#「復」に「ママ」の注記]雑でいつも夢の間にも儲けることを仕組んでゐる階級へ寝転んで読ませるやうな甚だ厳粛でない通俗物語を提供してゐる

— posted by id at 02:46 pm  

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