腹中《ふくちゅう》の新年

[#4字下げ]第一 腹中《ふくちゅう》の新年[#「第一 腹中の新年」は中見出し]

 今日は正月の元日とて天地乾坤《てんちけんこん》自《おのずか》ら長閑《のどか》なる中にここにも春風の浸《し》みて来にけん。腹の中にて新年を祝する胃吉《いきち》と腸蔵《ちょうぞう》「オイ胃吉さん、おめでとう」胃吉「ヤアこれは腸蔵さん、去年中は色々お世話さまでしたね。また相変りませずか、アハハ。時に腸蔵さん、今日は正月の元日といって一年に一度の日だからお互《たがい》に少し楽をしたいね。私たち位年中忙しくってみじめなものはないぜ。娑婆《しゃば》の人間は日曜日だの暑中休暇だのと一年中には沢山な休みがある。いくら忙しい奉公人でも盆と正月に藪入《やぶいり》があるけれども私たちばかりは一年中休みなしだ。私は一日に三度ずつ働いていれば自分の役が済むのにここでは間食《あいだぐい》が好きで三度の外《ほか》にヤレ菓子が飛込む、団子《だんご》が飛込む、酒も折々流れ込むからホントに溜《たま》ったものでない。それだから自然と仕事も粗末になって荒ごなしの物を和郎《おまえ》さんの方へ送って進《あ》げて毎度|剣突《けんつく》を喰《く》うがこれからはお互に仲を好《よ》くしようではないか」腸蔵「それは私も大賛成さ。和郎さんは消化《こな》すのが役、私は絞るのが役だから和郎さんの方でよく食物《しょくもつ》を消化してくれれば私だって絞る仕事も楽だけれども、毎日のように消化れないものをよこすので時によっては和郎さんの方へ突戻《つきもど》したり、時によっては下の方へ押流したりする事もある。荒ごなしどころか折々はまるのままで送ってよこす事もあるからツイ喧嘩《けんか》も始めるようなものさ。今朝の雑煮餅《ぞうにもち》だって随分荒ごなしだったゼ」胃吉「あれは堪忍《かんにん》してもらいたい。今日は元日だから楽をしようと思っている処《ところ》へ朝の雑煮餅が飛込んだも飛込んだも十八枚飛込んで来た。それもね、玄関番の歯太郎《はたろう》さんが能《よ》く噛砕《かみくだ》いてよこしてくれればいいけれども、今朝なんぞは歯太郎さんが遊んでいてまるで鵜呑《うのみ》だからね。その代りおかしい事があったゼ。歯太郎さんのお内儀《かみ》さんのお金《きん》さんが餅へひっ付いて釣り上げられてモー少しで喉《のど》の孔《あな》へ落ちるところさ。カッといって吐き出されたから口の外へ飛出してやっと助かったけれども一時は大騒ぎだった。全体お金さんは前の方にいるから何の役に立たない。奥の方に坐っていなければ食物《たべもの》を噛《か》む事が出来なかろうにねー」腸蔵「それがまったく外見《みえ》だからだよ。外見にお金さんを前の方へ置くのだ。肝腎《かんじん》の奥の方はおゴムさんなんぞに任せきりだから歯太郎さんだって碌《ろく》な仕事が出来ない。仕事を大切に思ったら前の方はおゴムさんでも何でもいいけれども奥の方こそお金さんに手伝わせなくってはしようがない。正月そうそうお金さんもとんだ目に逢《あ》いなすったね」胃吉「マア何にしろ今日はお互に遊びたいものだ。私たちだって稀《たま》に休息もしなければ根気が竭《つ》きていよいよ働けない。娑婆《しゃば》にある大きな蒸汽機械も折々休息をさせて大掃除《おおそうじ》もしなければ塵《ごみ》が溜《た》まったり油が切れたりして直《じ》きに機械が壊れてしまう。機械は壊れても取換える事が出来るけれども私たちばかりは掛《かけ》がえがない。随分心細いものさ」と夢中になって話しける処へ何やら紅《あか》き水の上より流れ来るものあり。胃吉驚き「オヤオヤ何か来たぜ、妙なものが。ウムお屠蘇《とそ》だ。モミの布片《きれ》へ包んで味淋《みりん》へ浸してあるからモミの染色《そめいろ》が一所《いっしょ》に流れて来た。腸蔵さん直《すぐ》にそっちへ廻して進《あ》げるよ」腸蔵「イヤ真平《まっぴら》だ」[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]

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