酒の洪水

○食物が人の口に入れば、第一に歯の咀嚼《そしゃく》を受け、唾液にて澱粉《でんぷん》を糖分に変化せしめられ、胃に入りて胃筋の機械的作用と胃液の化学作用を受け、それより小腸に入りて腸液と膵液《すいえき》と胆汁の消化作用を受け、全く消化せしものは門脈を通じて肝臓に入り、ここにて消毒作用を受け、営養分となりて体中に吸収せらる。○何人も折々は断食して胃腸を休息せしむべし。三度の食事時間が来りしとて腹の減らざるに強《し》いて食物を摂取するは有害なり。○屠蘇を紅き布に包むは害あり。白布かガーゼにすべし。○雑煮を作る時は汁の中へ薄切の大根を加うべし。大根は化学作用にて餅を消化せしむ。○何時にても餅を食したる後は大根かあるいは大根|卸《おろ》しを喫すべし。[#ここで字下げ終わり]

[#4字下げ]第二 酒の洪水[#「第二 酒の洪水」は中見出し]

 人は気楽なもの、腹の中にてかかる恐慌《きょうこう》を起すとも知らず、平生《へいぜい》胃吉や腸蔵を虐使《ぎゃくし》するに馴《な》れけん。遠慮もなく会釈《えしゃく》もなく上の方よりドシドシ食物《しょくもつ》を腹の中へ詰め込み来《きた》る。胃吉と腸蔵驚くまいことか「ソラ来たぞ何だか堅いものが。これは照《てり》ゴマメだ。石のようにコチコチしている。歯太郎さんが嚼《か》まないと見えて魚の形がそっくりしている。こんなものをよこされては溜まらんね。オットどっこい、また来た。今度は数《かず》の子《こ》だ。乾固《ほしかた》まって塩の辛い奴《やつ》を碌《ろく》に塩出しもしないで拵《こしら》えるから消化《こな》そうと思っても消化れない。腸蔵さん、ホントに泣きたくなるね」腸蔵「元日から災難だ。オイ胃吉さん、危いゼ。上の方から黒い石が降って来た」胃吉「なるほど降って来た。これは黒豆だよ。よく煮《に》てないから堅くって石のとおりだ。択《よ》りも択ってナゼこんな悪いものばかりよこすだろう。少しは手数のかからないものをくれればいいのに。オヤオヤまた来た。今度は柔らかい。何《な》んだろう、玉子焼だ。しかし何だか少し臭いね、プーンとイヤな匂《にお》いがしたゼ。腐っているのではないか」腸蔵「腐りもするはずだ、正月のおセチにするって十日も前に拵《こし》らえてお重《じゅう》へ詰めておいたのだもの。

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