胃袋

[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]○豚饂飩は一旦|湯煮《ゆで》た豚を小さく切り、湯煮た汁に味をつけてよく長く煮たる処へ饂飩を入れて再び少し煮るなり。汁はからき位にし寡《すくな》きがよし。饂飩の上へ肉を盛りて出すべし。○豚と大根も湯煮たる汁にて煮るがよし。しかし下等肉にて白肉の溶けたる汁は不可。○豚とマカロニはマカロニを鍋にて湯煮る時下へ竹の皮かあるいは煮笊を敷かぬと焦げ附く癖あり。豚の湯煮汁にて湯煮て豚と共に味をつけて煮るべし。○豚と素麺は豚饂飩の通り。○マカロニとは西洋の干饂飩ともいうべきものにて中に孔あり。伊太利《いたり》人は我邦の蕎麦の如くに好んで食す。西洋料理には種々に使うものなり。マカロニと赤茄子《あかなす》とを共に料理すれば味よし。西洋には赤茄子をマカロニの附物という。マカロニは伊太利を良しとす。[#ここで字下げ終わり]

[#4字下げ]第十二 胃袋[#「第十二 胃袋」は中見出し]

 人の無情は怨《うら》むに由《よし》なし。大原はせめてお登和嬢の手料理を飽食《ほうしょく》してその心を迎えんと「お登和さん、あんまりお手料理が美味《おいしゅ》うございますからお汁《つゆ》をモー一杯お更《かわ》りを願いたいもので」と苦しさを耐《こら》えてお更りの催促。娘は賞翫《しょうがん》されるほど張合あり「ハイ何杯でもおかえ下さい。ついでにそぼろと角煮もモー一皿ずつ召上ったら如何《いかが》です。豚饂飩をお更《か》え下さい」大原「ハイハイ何でも戴きます。貴嬢《あなた》のお手料理とあるから格別の味が致します」妹「どう致しまして誠に不出来でお恥しゅうございます。国の母がおりますとモット美味しく拵《こしら》えますけれども」ととかく返事が横に外《そ》れる。大原は戻《もど》かしそうに「イイエ貴嬢のお拵えなすったのが何よりです」と言葉に力を籠《こめ》て言えど娘はよくも聞取らずして台所へ立って行く。主人の中川大原の言葉に答え「君、僕の母は料理が上手だよ。妹|如《ごと》きものでない。母の手料理を君に食べさせたいね」大原「イヤ僕は御令妹のに限る」と言う処《ところ》へお登和嬢がお更りの品々を持ち来《きた》る。大原手を出《いだ》して盆の上より受取り「これは憚《はばか》りさま、今度は最初よりも沢山ですね。少しお待ち下さい、もはや酒の刺撃力が利かなくなりましたから甚《はなは》だ失礼ですけれども少々御免を蒙《こうむ》ります」主人「何をするのだ」大原「御令妹の前で甚だ相済《あいす》まんけれども折角の御馳走を戴くために今|袴《はかま》を脱《ぬ》いで帯を弛《ゆる》める。先刻《さっき》から帯が腹へ喰い込んで痛くって堪まらない。

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