贈り物

[#4字下げ]第十六 贈り物[#「第十六 贈り物」は中見出し]

 さりながら不意の援兵は当《あて》にならず。書生連中二、三人|物好《ものず》きにも大原の依頼を受けて小間物屋へ赴《おもむ》きしが途中にて相談を始め「オイ君は大原のために上等の半襟を買って遣《や》るつもりか。全体大原が女に向って野心を起すとは滑稽《こっけい》だね。僕の考えにはどうせ滑稽で成立《なりた》っているからこの半襟も滑稽的の物を択んだ方がいい。僕らは大原に対して平生《へいぜい》少し遺恨《いこん》があるぜ。ナゼというのに大原は三度の食事を我々の三、四倍も食う。大きな飯櫃《めしびつ》を一人で空《から》にして汁なんぞは五、六杯もお更《かわ》りをする。家の内儀《かみ》さんが漏《こぼす》まいことか。この米の高いのに一人で四、五人前も食べられては勘定に合わない。といって永年《ながねん》下宿していらっしゃるお客様だし、副食物《おかず》のお更りなら銭も取れるが飯の代を余計に貰う事も出来んといつでも愚痴《ぐち》ばかり言う。内儀さんの愚痴がそれなりで済めばよいがその損失は外《ほか》の客の頭へかかって毎日の副食物がこんなに不味《まず》い。つまり大原に対する損を我々の方で埋合せるに違いない。我々からして毎月大原の食料を幾分ずつ払っているようなものだ。僕はそれを知っているから何かの時返報をして遣ろうと思っていた。今日はちょうど幸い、半襟の買入方《かいいれかた》は一切《いっさい》僕に任せ給え、僕が一つ奇々妙々の進物を拵《こしら》えるから」と人の悪き書生先に立って小間物屋に入り「オイ番頭、八十ばかりの婆さんがかけるような半襟で若い人に極《ご》く不向《ふむ》きなのは何だ」番頭「ヘイさようでございますな、先ず黒のフラシ天《てん》か何かで」書生「一ついくらだ」番頭「上等で六十銭位」書生「それがよかろう。それから、一番上等で一番大きな奉書の紙は一枚いくらだ」番頭「大奉書《おおぼうしょ》は一枚三銭で」書生「水引《みずひ》きの一番大きいのは」番頭「一本二銭で」書生「一尺もあるような大熨斗《おおのし》は」番頭「一つ一銭五厘で」書生「よろしい、その大奉書二枚へ黒のハヤシ天とか何とかいうものを」番頭「フラシ天で」書生「フラシ天か、それを包んで大水引をかけて大熨斗をつけてくれ」番頭も妙な注文かなと思いつつその通りに造りて客に渡しぬ。書生もその体裁《ていさい》の立派なるを見て満足し「これなら上等だ。代はいくらになる」番頭「ヘイ、お半襟が六十銭、大奉書が二枚で六銭、熨斗と水引で三銭五厘、皆《み》んなで六十九銭五厘になります」書生「サア代を遣《や》る。これなら八十位な婆さんにかけられて若い女には不似合《ふにあい》だろうな。若い女にも用いられると少し不都合だが大丈夫かな」番頭「お若いお方《かた》にはとても向きません」書生「それで安心した」と品物を携《たずさ》えサッサと下宿屋へ戻り大原にそれを渡して大袈裟《おおげさ》の吹聴《ふいちょう》「大原さん、小間物屋へ往《い》ったところが今度新製の半襟で実に最屈強なものがありました。御覧なさい、これはブラッシ天というものです」大原「なるほど、しかしこんなものを若い人がかけましょうか」書生「それが渋い処《ところ》で、この頃は何でも渋いものが大流行《おおりゅうこう》。貴君《あなた》はそれを御存知ありませんか」大原「イヤ一向知りません。代価は」書生「六十九銭五厘」大原「安いようですな」書生「安いけれども珍らしい処に価値《ねうち》がある。マアこれを持って往って御覧なさい、向うの人がどんなに悦ぶでしょう」と言葉巧みに押し付ける。大原は世事に疎《うと》し「どうかこれで向うの心を惹《ひ》きたいものだ」

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