芋料理

[#4字下げ]第十八 芋料理[#「第十八 芋料理」は中見出し]

 小山学士の家にては妻君とお登和嬢とが座敷にて頻《しきり》に料理談をなしいたるが妻君一々お登和嬢の説に感心し「なるほど貴嬢《あなた》のおっしゃる通り家庭料理の本意は原料の廉《やす》い品物を美味《おい》しく拵《こしら》えて食べるのと、棄てるような者を利用してお料理に使うのですね。今のお話の万年スープだの鯛《たい》の頭のお料理なんぞは早速私も始めましょう。しかしお話しばかりではなかなか覚えられません、恐入《おそれい》りますけれども何か一つ二つ料理をして見せて下さいませんか。稽古のためですから高い品物は無益ですし、安い品で台所にあるものはそうですね、薩摩芋《おさつ》なら川越の上等が沢山買ってあります。里芋も御座います。そこに今朝魚屋が章魚《たこ》を持って来ましたから買っておきました。乾物《かんぶつ》では干瓢《かんぴょう》に椎茸《しいたけ》もあります。お豆腐は直ぐ近所で買えますし、そんなものの中《うち》で何か一《ひ》とつお料理を教えて下さいませんか。薩摩芋は煮るとかお汁《つゆ》にするとかの外《ほか》に美味しく食べる工風《くふう》がありますまいか」お登和「そうでございますね、ちょいとした事なら薩摩芋の梅干韲《うめぼしあえ》が結構です。それから牛乳を入れたマッシ、寒天の寄せ物、米利堅粉《めりけんこ》と玉子を入た蒸物《むしもの》、お芋のフライ、繊《せん》に截《き》った煮物、食後のお菓子で茶巾絞《ちゃきんしぼ》りなんぞがよろしゅうございましょう」妻君「そんなに色々なお料理|方《かた》がありますか。それでは一つ薩摩芋のお料理を教えて下さいまし、失礼ですけれども台所へいらしって」と自ら立って台所へ誘う。下女は妻君の命によりて料理に必要なる道具を前へ持出したり。妻君先ず芋の大なるものを択び「お登和さん、何から先へ致しましょう」お登和「そうですね、何に致すにも一旦《いったん》先へ湯煮《ゆで》ますから湯煮るように皮を剥《む》いて截《き》って下さい。私が今|此方《こちら》のを繊《せん》に截ります」と自分は庖丁《ほうちょう》を取りて芋の繊を截り始む。その内に妻君と下女は芋を適度に切りて鍋に入れつつ妻君フト顧りみ「お登和さん、大層マア長い繊が出来ましたね。二尺も三尺も何処《どこ》までも切れないのが不思議です。よくそう綺麗《きれい》に平《たいら》に出来ますね」と打驚《うちおどろ》く。お登和なお手を停めず「イイエ私は下手でございます。上手な人はモット綺麗にモット細く何処までも切れずに致します。全体薩摩芋より里芋の方が繊にすると綺麗に出来ます。オヤモーそちらのが湯だりましたか、それならば一度よく湯煮こぼして下さい。お芋のアクが抜《ぬけ》ます。エート先ず梅干あえを拵《こしら》えましょうか。そのお芋を少しばかり裏漉《うらご》しにして摺鉢《すりばち》へ入れて下さい。それから梅干の種を除《と》ってやっぱり裏漉しにして一所に入れて下さい。それへお砂糖を交《ま》ぜてよく摺《す》れば出来ます」妻君「お塩は」お登和「梅干の塩気で沢山です。それでモー梅干あえが出来ました。もっと上等にするには別にお芋をサイの目に切ってお塩とお砂糖で煮て、それをこの梅干あえに交ぜるとようございますし、百合《ゆり》を煮て交ぜると大層美味しくなります」と一々原物に就《つい》て教ゆるに妻君熱心に習いてその味を試み「なるほど良い風味ですね、この次は何に致しましょう」お登和「ゆでこぼしたお芋へ今度こそお塩とお砂糖で味をつけて下さい。それから裏漉しにして牛乳を交ぜて摺るとマッシといってキントンの衣《ころも》のようなものになります。茶巾絞りはお団子の位な大きさに茶巾で絞るのです。フライにするには平《ひらっ》たく押して玉子と米利堅粉の衣をかけてサラダ油で揚《あ》げるのです。林檎《りんご》のフライも林檎を薄く切ってその通りに致します。寄せ物は寒天を煮てその中へ漉したお芋を入れて固めるのです。蒸物は少し面倒《めんどう》ですがそれへ米利堅粉と玉子とを入れて全体ならカステラ鍋で一時間ほど蒸焼《むしやき》にするのですがただお湯で蒸してもようございます」と平生《へいぜい》は安物と軽んぜらるる薩摩芋がお登和嬢のお蔭にて今日は上等料理に出世したり。

— posted by id at 02:14 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 1.9679 sec.

http://ebook-my-home.com/