兄や親の都合

何でも娘の時無益な事を稽古《けいこ》しないで料理法を習っておかなければなりません。貴嬢をお嫁にお貰いなさるお方はどんなにお徳だか知れませんよ。失礼ですが貴嬢は東京でお嫁にいらっしゃいますか」お登和「どうなりますか分りません。兄や親の都合次第でございます」妻君「東京でお嫁にいらっしゃるとようございますね、いつまでもお近所にいてお料理の事を教えて戴きます。オホホ自分の勝手ばかり申して。貴嬢なんぞはどんな好い処《ところ》へでもお嫁にいらっしゃられますよ、ですが気心の知れない人の処へいらっしゃるよりお兄さんのお友達か何かで気心の知れた人の方がようございますね。昨日《きのう》貴嬢のお家へ大原さんという人がおいででしたか」お登和は名を聞いてさえおかしくなり「ハイあのお方は何かよく召上りますね」とさも驚いたように言う。妻君も共に笑い「あの人の大食は名代《なだい》です。しかしあの人は大食の外に悪い所が少しもありません。正直でおとなしくってそうして心が極《ご》く実体《じってい》ですよ」とためにする所ありてか良き点のみを挙げぬ。お登和嬢は悪《あし》き点のみを知れり「ですがあのお方は幾度《いくたび》も落第をなすって去年やっと御卒業だったそうですね」妻君「ハイ、それはそうですけれども御自分から頭の鈍い事をおっしゃって外《ほか》の人の二倍も三倍も勉強なさるそうです。ああいう人の方が後生《こうせい》畏《おそ》るべしだと良人《やど》も申しておりました。この節の才子といわれる人は直《す》ぐ物を覚えて直ぐ忘れて勉強という事をしませんから学校を出るとその先は進歩しません。大原さんばかりは極く遅い代りに死ぬまで進歩するだろうという人がありますよ」お登和「そうでございましょうかね」と容易に信ぜずして心に大原を軽んずる様子あり。折から表に「お頼《たのみ》申す、今日は」と大原の声聞ゆ。

[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]○薩摩芋を弐分四角長さ一寸位に切りサラダ油かあるいは鳥の油にて揚げ紙の上に置きてその油を取りたる後味淋、醤油、砂糖等にてよく煮たるものへ鳥のソボロをかけて出すは上品にて味好き料理なり。胡麻の油にて揚げたる時は臭みを取るため湯にて洗うべし。○鳥ソボロは鳥の肉を細末に叩き味淋、醤油、砂糖等にてよく炒り付けたるなり。○鳥ソボロの代りに海老ソボロにてもよし。製法は鳥に同じ。また玉子の黄身の湯煮たるを裏漉しにしてかけるもよし。○薩摩芋あるいは他の芋類を多食して胸の閊《つか》えたる時は昆布を食すべし。あるいは昆布茶を飲むも可なり。昆布は芋類を消化せしむるの功あり。[#ここで字下げ終わり]

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