物の味

[#4字下げ]第二十八 物の味[#「第二十八 物の味」は中見出し]

 この問題の本人たるお登和嬢は最前より台所にありて何かコトコト御馳走《ごちそう》の支度《したく》に余念《よねん》なかりしが漸《ようや》く手の隙《す》きけん座敷に出《い》で来《きた》りて来客に挨拶《あいさつ》しぬ。小山は好《よ》き折とて直《す》ぐに話頭《わとう》を向け「時にお登和さん、突然と妙な事をお尋ね申しますが大原君のような大食家を段々少食にするという方法は何か料理の道に名案もないでしょうか。今も中川君と話しているのです。大原君の疵《きず》は大食にあるがその大食は何とか矯正《きょうせい》する事が出来そうなもの、大酒の人を禁酒させるのは困難だけれども大食の人を少食にするのは何とか工風《くふう》がありそうに思いますがどうでしょう」と先ず余所事《よそごと》らしく話しかける。お登和も余所事に聞きけん、別に顧慮する所もなく「そうでございますねー、別段に工風という事もありませんが、段々と料理法を御研究なすって物の味をお覚えになれば自然と少食におなりでしょう。全体大食をなさる方は物の味が解らんので何でも彼《かん》でも沢山お腹《なか》へ詰め込めばいいという風ですからいわゆる暴食なのです。大食のお方は必ず暴食です。一々召上る物を味わってこれはどういう風に料理してある、これは何の原料で拵《こしら》えてあるとその味を食べ分けるようになると舌で物を召上るのですからそう沢山は食べられません。大原さんが物を召上るのは舌で味《あじわ》うのでなくって口でお呑みなさるのです。一々味って物を食べる人には決して大食や暴食は出来ません。その証拠には料理人に長命な人が沢山あるので分ります。料理人が大食をしたら何ほどでも食べられましょうけれども自分が物の味を知っているとかえって無闇《むやみ》な乱暴食《らんぼうぐい》が出来ません。自然と注意して食物を択ぶようになります。東京で有名な赤堀老人も八十八歳、生間流《いくまりゅう》の大家の西村門弥《にしむらもんや》さんも八十四歳でお二人ともお達者です。長崎でよくこういうことを申します。美味《おい》しい御馳走はその前を駆《か》けて通った位に食べなければ味がないといいます。それはホンの少しばかり食べておくのが一番美味しい処でそれより多く食べるとかえって味を消すという意味です。誰でも味の解らないお方が大食や暴食をなさるので、大原さんは牛肉鍋の五、六人前も平《たい》らげるとおっしゃいますがそんなお方に限って牛肉は背の肉が良いか腿《もも》の肉が良いか、肋《あばら》の肉はどんな味だか、舌や尾はどんなものだか少しも御存知ありません。牛肉だといわれて馬肉を出されてもやっぱり美味《うま》い美味いと召上るようなお方が大食や暴食をなさるのです。物の味をお覚えになれば大原さんも自然と少食におなりでしょう」と嬢の意見は小山に取りて上なき味方。小山は悦《よろこ》んで中川を顧《かえり》み「ねー中川君、お登和さんの御話によっても大原君の大食は矯正する事が出来るよ。大食をさえ矯正したら大原君は実に得難い人物だゼ。何となればあの位誠実な心を持っている人は今の若い人に珍らしい。昨日《きのう》もよほど不思議な半襟をお登和さんへのお土産に持って来たといって僕の家内が頻《しきり》に笑っていたがそこが大原君の貴《たっと》い処だ。もし女の機嫌《きげん》を取る事が上手でお登和さんの気に入るような上等の半襟を買って来るような人だったら決して油断がならない。大原君は人の悪い書生に欺《だま》されたのだそうだ。人を欺す者よりも欺される人の方が貴いではないか。ねーお登和さん、大原君のお土産には赤心《せきしん》が籠《こも》っていますよ。十円二十円のお土産をくれる人があっても赤心の籠らんものは貴くありませんが大原君の赤心は昨日の半襟に充満しています。貴嬢《あなた》もよくその事を御存知でしょう」と語る処|偽《いつわ》りならねばお登和嬢もなるほどと思い「ホンにそう申せば大原さんは実意なお方で」と少しずつ風向《かざむき》が直って来る。

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