牡蠣《かき》料理

[#4字下げ]第三十一 牡蠣《かき》料理[#「第三十一 牡蠣料理」は中見出し]

 食卓の上に置かれたる皿は主人の手に拠《よ》りて客の前へ薦《すす》められたり「小山君、これは牡蠣のフライだ。僕の家のは別製だから一つ試み給え」客は早速|賞翫《しょうがん》し「なるほど格別の味がする。これは生牡蠣《なまがき》を揚《あ》げたのだね、生牡蠣は衣がつかんで油へ入れると刎《は》ねて困るがどうすると揚がるね」主人「それは何でもない。最初生牡蠣を乾《かわ》いた布巾《ふきん》の上へ載《の》せてよく水を切って深い皿へ玉子の黄味ばかり溶《とい》て牡蠣をその中へ入れて掻《か》き廻すのだ。それからパン粉へ転がして油へ入れると決して刎ねんよ。日本流の天麩羅《てんぷら》ならばそれから衣をつけて揚げれば楽に出来る。これは西洋のサラダ油《あぶら》で揚げたのだから味が軽い。揚物《あげもの》にはサラダ油が第一等だね。サラダ油のない時には三宅島から出る純粋の椿の油で揚げると殆《ほとん》どサラダ油に劣らん。一つ試してみ給え」客「早速家でも遣ってみよう。実に軽くって油で揚げたように思えんね」と頻《しきり》に珍重《ちんちょう》する処へ下女が新しき料理を持ち来る。小山古き皿を押遣《おしや》りて新しき皿を引寄せ「これは何だね」主人「それも牡蠣料理だ、牡蠣料理中第一等の美味《うま》いものでオイスタークリームという。本式にすれば水一杯と牛乳一杯とクリーム一杯とを鍋の中で沸かして塩と胡椒《こしょう》とバターとを入れて米利堅粉《めりけんこ》を水で溶いてそれへ入れてかけ汁を拵《こしら》える。それから牡蠣を外の鍋へ並べてテンピかカステラ鍋の中へ入れて熱い火で十分間焼て牡蠣から出た汁を前のかけ汁と交ぜて焼た牡蠣へかけるのだ」客「少々面倒だね、そのクリームとは何だ」主人「牛乳の濃いのさ、全体なら牛乳を平たい皿へ入れて一晩ばかりおいて上の凝結《かたまり》を取るのだが、食品屋へ行くと鑵詰《かんづめ》にして売っているよ。しかし本式にせんで略式にすれば先ず鍋の中へ少し水を入れて牡蠣を五分間ばかり煮立てると牡蠣の甘い液《しる》が水へ出る。その時一旦牡蠣を掬《すく》い上《あげ》て汁の中へバターと塩と胡椒と牛乳を加えて米利堅粉を溶てその汁を濃くした処へ前の牡蠣を入れてまた五分間煮立てるとそれでモー出来るよ」客「なるほどね、家へ帰ったら略式で遣ってみよう。牡蠣は実に滋養になって美味いがしかし時によると中毒する事があるというね」主人「五月の牡蠣は産卵期だから卵巣《らんそう》へ毒質を持《もっ》ていて食べると中毒する。五月でなくっても悪水の注ぐ水で発生した牡蠣は往々中毒する。下水の流れ込むような処で取ったのは食うべからずだね」客「そうかな、気を付けなければならん。外国では牡蠣が高いから上等の御馳走だそうだね」主人「亜米利加《あめりか》でも欧羅巴《よーろっぱ》でも最上等の御馳走さ。亜米利加では日曜日に牡蠣を食べると極まっているよ。この外に牡蠣料理は沢山あるがまた今度差上げるとして牛肉のビフステーキが出来たから一つ遣り給え」客「ドウも色々御馳走だ。このビフテキは大層|柔《やわらか》で結構だが僕の家で拵えさせると肉が硬《こわ》くっていかん」主人「どういう肉で拵える」客「ロースで」主人「アハハハ、それだから硬いのだ。何でもロース肉に限ると思ってわざわざ直段《ねだん》の高い処を買って不適当な料理にするがロース肉はロースにする時ばかり適当なのでビフテキには不適当だよ。ビフテキにするのはランといって腰の処の価《ね》の廉《やす》い三十銭位の肉が柔くって適当だ。もし肉が新し過ぎて硬かったら酢を二、三時間かけておくと直きに柔くなるよ」客「そうかね、今までは損ばかりしていた」と料理法に無智識なるは最も家庭の不経済。[#「フライ鍋の図」のキャプション付きの図入る]

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