野菜ならば何でもいいと思った

僕は野菜ならば何でもいいと思ったがジャガ薯に限るね」主人「牛肉の血を絞《しぼ》って肉漿《にくしょう》にする時にも必ずジャガ薯を食べるのはその訳だ。君今度の御馳走は長崎有名の角煮《かくに》だからよく味ってくれ給え」客「色々御馳走が出来るね」主人「品数は多いがその代り分量が少いよ。いくらでも食べられるだろう。西洋人の家で御馳走になってみ給え、品数が多くって分量の少いことお雛様《ひなさま》のお膳の如し。それにビフテキでもシチュウでも肉が少くって野菜が多い。日本の西洋料理屋ではお客が日本風の暴食連だから肉の分量が少いと小言《こごと》を言う。だから肉沢山の西洋料理が出来る。こんな野蛮的の西洋料理は亜米利加へ往《い》っても欧羅巴へ往っても見られんそうだ。魯西亜《ろしあ》料理のスープへ骨まで盛って来る処が少し野蛮じみて日本風に似ているかもしれない。西洋料理の原則は生理学上から割出してある。働く人と働かぬ人と夏と冬とは少しずつ違うけれども種々《いろいろ》な点を平均したその標準は体量五十|基瓦《きろぐらむ》即ち十三貫目余の人は一日に二千カロリー、十九貫目の人は三千カロリーの食物を取らねばならぬとしてある。カロリーは君も知っての通り熱量の単位で食物が体温を保持する割合から定めたものだ。大きな鶏卵《けいらん》一個は八十カロリーだから鶏卵ばかり食べるなら十三貫目の人は一日に二十五を要する。十九貫目の人は三十七を要する。しかしそれでは人体に必要なる化学成分が不適当だ。食物の成分として十九貫目の人は一日に蛋白質《たんぱくしつ》百十八|瓦《ぐらむ》即ちおよそ三十|匁《もんめ》、脂肪が五十六瓦即ち十四匁、含水炭素が五百瓦即ち百二十匁にその余は水分とこう極《き》めてある。日本人は通常十三貫目位の平均だから一日に蛋白質二十匁脂肪九匁含水炭素八十匁位が適当だ。蛋白質と脂肪は重《おも》に肉や乳にあって含水炭素は野菜や穀物にあるから肉と野菜の分量もその割合で定めなければならん。日本風の西洋料理でビフテキ一皿といったら殆ど西洋の三人前は肉があるね。それだから多く食べられん。僕の家のは何でも少しずつだから残らず食べられる。その角煮というのはね、先ず略式《りゃくしき》で話そうか。豚の三枚肉を杉箸《すぎばし》が通るほどに湯煮《ゆで》て一寸四角に切って水一升に酒一合|味淋《みりん》一合位な割で五時間ほどよく煮て火から卸す一時間も前に醤油を多く入れて煮詰《につ》めるのだ。肉が箸で自由にちぎれなければ角煮の価値はない。悪い食物で飼った豚は白い処が溶て赤い処が硬《こわ》くなって角煮にならん。最上等の豚でなければこういう風によく出来ない。側に溶芥子《ときがらし》が添えてある、それをつけて食べ給え」客「ウーム不思議だ。頬が落ちはせんか。少し不用心になったぜ」とこれもなかなかの食道楽。

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