疑問

先刻も言った通り、良人《おっと》に持つべき第一の資格は誠実なる心の人に限る。今の内こそ不誠実な人でも才子だとか学者だとかいわれて社会に相当の仕事をしているけれどもモー少し社会の文明が進歩したら誠実な人より外に社会に立つ事は出来んぜ。政治界でも実業界でも何の仕事でも誠実な人を貴《たっと》ぶようになるが殊《こと》に文学界では誠実な精神の籠《こも》ったものでなければ人が決して読まんという事になる。我々の責任としても社会の文明をその程度までに進めなければならん。未来の事を想像したら大原君の如きは最も有望の人物だ。今あの人を失っては後に至って君も後悔する事が出来るだろう。よくよく僕の言葉を考えてこの相談を極《き》めてくれ給え」と頻《しきり》に勧告して帰り去りぬ。主人は跡《あと》にて黙考する事久し。物思わし気《げ》に側へ進みたるお登和嬢が「モシ兄さん」[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]○支那にては五味を配合する中にも春は酸味を主として夏は苦味を交え、秋は辛味を加え、冬は鹹味を多くす。甘味は四時通用なり。これも自《おのずか》ら学理に適《かな》いたる養生法というべし。春は逆上の気ある故に酸味を以て引下げるなり。夏は胃の働き弱る故に苦味を用い、秋は気の鬱《ふさ》ぐ時故辛味にて刺撃し、冬は体温を保つために塩分を要す。[#ここで字下げ終わり]

[#4字下げ]第三十五 疑問[#「第三十五 疑問」は中見出し]

 狭き家とてお登和嬢は小山の談話を尽《ことごと》く聞きたるなり「モシ兄さん」と呼かけたる一語は如何《いか》なる心の先駆なるか。大原を嫌いて嫁入《よめいり》の事を拒まんとするか、それとも小山の説明に大原の真価《ねうち》を悟りて自ら心の進みけるかと兄の中川は妹の心を測り兼ねて重くるしく「ハイ、何だえ」と返事する。

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