食品の注意

[#4字下げ]第三十九 食品の注意[#「第三十九 食品の注意」は中見出し]

 世人《せじん》の多くは毎日鶏卵を食する事を知れどもその品質の良否を択ぶ事を知らず、大小を問えども新古を問わず、新古を問えども実質を問わず、実質を問えども受精したるや否《いな》やを検するもの寡《すくな》し。これ平生《へいぜい》食物問題に不注意なるの致《いた》す所にあらずや。客の中川は側にありける鶏卵を執《と》りて小皿の上へ割って落し「小山君、よく見給え、玉子を皿の上へ割ってみて黄身《きみ》がこの通り中高《なかだか》に盛上っていて白身も二段か三段に高くなっているのは新しい証拠だ。こういうのは皮の光らない玉子に限る。皮の光ったのを割ると黄身も白身もダラリとして横に拡がる。それは古い証拠だ。そこでよく見給え、黄身の上に鳥の眼《め》位な円《まる》い小さな線《すじ》があるだろう。俗に黄身の眼というがこれは玉子の胎盤だ。ソラ見えたろう、これだこれだ、奥さん、お分りになりましたか、色が薄いからよく見ないと分りませんよ。この眼が黄身の真中《まんなか》にあって眼の近所に何にもありますまい。こういうのは受精しない玉子です。モー一つ割ってみましょう。オヤ今度も受精しない、今頃の玉子は受精しないのが多いのです。春になると大概は受精しています。今頃の玉子でも一つや二つは受精しているのもありましょう。モー一つ割らせて下さい、ソラ今度こそ受精しています。これは眼の処へ透明《すきとお》ったドロドロのようなものが附着《くっつ》いていてそれが黄身の白い紐《ひも》と連結してあります。エ、分りませんか。どんな玉子でもこの通りに黄身の両端から白い筋が出ていましょう。これは黄身を両方の皮へ繋いで釣《つ》っている紐でカラザというものです。この紐で両方の皮へ釣っているから黄身がいつでも真中にいるのです。受精した玉子は今御覧になったドロドロのようなものが眼と紐とを繋いでいます。これが受精した玉子で受精しない方は眼の近所に何にもありません。双方をよく見比べると分ります。よほど違いましょう。誰でも毎日のように玉子を割りますが注意しなければ知らずにいます。一度こうやって双方をお見比べになると今度玉子を割った時、これは受精している、これは受精していないという事が直《す》ぐお分りになりましょう。何事も注意次第です。殊《こと》に食物を取扱う人は注意が肝腎《かんじん》です」と実物について丁寧に説明する。主人夫婦も始めて会得《えとく》し「なるほど妙だね。二つ並べて見ると受精したのと受精せんのはよく分るけれども今までは無我夢中に玉子を割っていたから頓《とん》と気が付かなかった。中川君、玉子の黄身に色の白いのと赤いのがあるがこれはどういう訳《わけ》だね」中川「それは食物と飼養法《しようほう》と種類とで違う。西洋鶏《せいようどり》は黄身の色が白い、西洋人は黄身の白いのを好む。日本人は赤いのを好むようだが在来の玉子が黄身の赤い故《せい》だろう。柵飼《さくがい》にすると黄身の色が白い。放飼《はなしがい》にすると赤くなる。牛肉のような餌《え》を遣《や》ると黄身が白くなる。穀物を与えると赤くなる。黄身の色の白と赤とは滋養分に関係はない」主人「それでは皮の白いのが黄身も白くって赤いのが赤い黄身だという訳かね」中川「イヤそうも極《き》まらん。幾分かその傾《かたむき》はあるようだけれども一定しておらん」主人「それでは玉子の雌雄《めすおす》をどうして別《わ》けるね、俗に細長いのが雄《おす》で円《まる》いのが雌《めす》だというがそうかね」中川「イヤそれは俗説で長いのと円いのは卵道の構造によるのだ。玉子の雌雄を知る事が出来たら母鶏《おやどり》に抱かせたり孵卵器《ふらんき》へ納《い》れたりする時非常の利益だけれども今の知識ではまだその鑑別法が発見してない。亜米利加《あめりか》では大金を懸賞してその鑑別法を募《つの》っている。もしも名法《めいほう》を発見したら亜米利加から十余万|弗《どる》の懸賞金が取れるぜ」主人「では毎日その鑑別法を研究しようか」[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]

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