水分が胃の中へ溜まって

あれは水分が胃の中へ溜まって外に往《ゆ》く処はなし、独《ひと》りで困ってマゴマゴしているのだ。そうすると水分の重量《おもみ》で胃袋を引下げるようになるから胃の下垂症《かすいしょう》やら胃拡張《いかくちょう》やらアトニー症という病気を起す。今の医者が胃拡張の病人に不消化物を禁じないで湯茶《ゆちゃ》だの牛乳だのスープだの酒だの麦酒《びーる》だのと水分の多い飲料を禁じるのはそのためだ。ビールを沢山飲んで腹の膨《ふく》れるのは水分のために胃拡張を起したのだ。胃の養生をするといって朝は牛乳ばかり沢山飲み、昼はスープにお粥《かゆ》のようなものを飲み、晩も牛乳やら珈琲《こーひー》位で済ませておく人もあるが必ずそれがために重い胃病を起して困難する事になる。無病健全な人でも毎日流動物ばかり多量に飲むとそれがため胃の筋肉の力を弱くしてアトニー症という胃筋無力の病気を起す。胃拡張はアトニー症の一部だ。大原君は平生《へいぜい》暴食の結果で立派なアトニー症を起しているに違いない。以前の病名でいえば慢性胃拡張筋無力といって胃袋の皮が弛《ゆる》んでいるに違いない。そういう胃には流動物が一番毒だ。流動物は水分が胃に吸収されないのと水分が多くして営養分が少いから営養の不足するのと二つの理由で胃のために悪い。それを毎日流動物ばかり飲んでいては益々胃を悪くする訳だ。幾日待っていても癒る気支《きづかえ》がないよ」大原「イヤハヤ驚いたね、僕は養生のために我慢して流動物ばかり飲んだ」中川「アハハ、大間違さ。かえって流動物を飲むのが一番の不養生だ。今の言葉に我慢して飲むというが我慢するのは腹の工合が悪いからだろう。跡《あと》でイツまでもダブダブして飲んだ物が腹へ溜まっているように感じるだろう。その通りに溜まっているのに、我慢して毒な者を飲むに及ばない」大原「それではどういう食物がいいだろう」中川「固形物で消化の良い物を択び給え。指の入る位な湯で鶏卵《たまご》を三十分も湯煮《ゆで》て白味と黄身の半熟になったものとか、柔い飯をよく嚼《か》んで食べるとか、牛乳が飲みたければパンへ浸して食べるとかし給え。牛乳ばかりガブ飲みにするのは健全な人にも良くないよ。水分が腹へ溜まってダブダブするし、お負けに先刻《さっき》話した通り腹の中で酸類に逢うと凝結《かたま》って消化が悪い。牛乳は何か外の料理にして食べるか、パンへ浸して食べるに限る。僕は決して牛乳ばかりガブ飲みをした事がない。全体君のような病人には医者が食餌箋《しょくじせん》を拵《こしら》えてくれるといい。我邦の医者は食餌療法という事に極く無頓着《むとんちゃく》で医者自身すら豚の生肉《なまにく》を煮て食べるような始末だけれども西洋の医者は薬物療法と相並んで食餌療法を実行する。薬ばかり飲ませても食物が病気に不適当であったら療治も行届《ゆきとど》くまい。僕は大《おおい》に食餌療法の実行を我邦の医者に勧告しようと思うね」

— posted by id at 02:54 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 2.0861 sec.

http://ebook-my-home.com/