主人の中川またしても自慢顔

主人の中川またしても自慢顔「諸君、今度こそ誰もまだ試みた事のない珍料理で僕の新発明だ。玄米のマッシ、即ち玄米のお粥というようなものだ」小山が先ず一匙《ひとさじ》を試み「なるほど、玄米は非常に滋養分が多いそうで僕も試みたいと思ったけれども料理の方法が分らん。これはどうしたのだね」主人「それは粉屋へ頼んで先ず玄米を細《こまか》く碾《ひ》かせて、それから料理する前に炮烙《ほうろく》でよく炒《い》って湯の中へ適宜《てきぎ》に入れて塩と砂糖を加えて三十分ばかり掻《か》き廻《まわ》しながら煮ると粉末《こな》が膨《ふく》れてドロドロになる。そこへ牛乳を入れて交ぜるのだがこれは上等にして最初から牛乳ばかりで煮て玉子を交ぜたのだ。僕は夏になると脚気《かっけ》が起っていかん。脚気は白米の中毒という説だから去年の夏は玄米と麺麭《ぱん》ばかり食べていたら脚気が起らなかったよ。脚気がなくとも米の滋養分は糠《ぬか》にあるから玄米で食べる方が非常に営養になるね」小山「そうだろう。玄米は以前《もと》から食べたいと思ったがなるほどこうして食べれば香《こう》ばしくって味が佳《い》い。早速|遣《や》ってみよう」とこの御馳走を喫《きっ》しおわりし時|蜜柑《みかん》のフライに味|佳《よ》き珈琲《こーひー》など出《い》で来《きた》る。小山の妻君蜜柑のフライを不審がり「お登和さん、これはどうなすったのです。ナニ蜜柑の皮を剥《む》いて厚い輪切にして米利堅粉《めりけんこ》と塩とお砂糖を玉子ばかりで濃く溶いた衣へつけて揚げるのですか。この珈琲も別製でございますね」お登和「ハイ、それは末成《うらなり》と申して珈琲の実が枝の一番先へ成ったのを択《え》りましたのです。珈琲は枝の先へ成ったのが一番上等で中へ成ったのが中等で幹の方へ成ったのが本成《もとなり》と申して一番下等だそうです。兄がモカという上等の豆を食品屋で焙《い》ってもらって宅で先程|砕《つぶ》しましたのですから焙りたてのひきたてでございます。珈琲は珈琲碾《こーひーひき》の器械を買って家で碾《ひ》くのに限ります。ひきたてでないと香気がありません。それを玉子の白身《しろみ》でアクを取りました」と聞いて大原が先日の事を想出《おもいだ》し「今日は玉子の殻《から》でなくって白身をお使いですか、非常の御奮発ですな」お登和「イイエ魚のフライを揚げます時|黄身《きみ》でくるみますから残った白身を珈琲の方へ廻しました」大原「なるほど、やっぱり無駄にはならん。しかし今日のは味が格別ですね」お登和「レモンを一滴ほど滴《た》らしてあります」大原「どうも今日は色々お心尽しの御馳走でした。何を食べたか尽《ことごと》く覚え切れん位で、エート最初が鯛《たい》のスープにその次がヤマメのフライ、その次が何とかのケーポン、その次がイチボ、その次が梅餡、その次が玄米、その次が蜜柑のフライですかな。なるほど如何なる贅沢家《ぜいたくか》も金満家《きんまんか》もこれだけの御馳走を揃える事は容易に出来ないでしょう。してみると美味《うま》い物を食べるのは金力ばかりでありません。全く食物上の智識の力ですね。僕も追々その力を教えて戴かなければならん」とさも感心したるように言う。小山が笑いながら「誰に教えて戴くのか。エ、誰に」大原「ウフフ」と羞《はず》かしそうに黙っている。[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]

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