似非《えせ》風流

[#4字下げ]第五十九 似非《えせ》風流[#「第五十九 似非風流」は中見出し]

 中川はまだ言足らぬ所あり「小山君、モー一つの原因から研究してみると我邦《わがくに》には二百円か三百円の贅沢物《ぜいたくぶつ》即ち書画骨董《しょがこっとう》の類は少くも一つか二つか大概な家にありながら、一円か二円の勝手道具が揃えてある家の少いというのも我邦現時の通患《つうかん》なる似非風流から来ていると思うね。ここにおいて僕の平生《へいぜい》主張する風流亡国論が必要になって来る。主人その人は自分に書画骨董を識別する眼力なくとも何か一つ位高価な物を床の間へ置かないと風流らしくないという痩我慢《やせがまん》から、台所では毎日緑青の生《わ》いた有毒食物を喫《きっ》しながら二百円も三百円も奮発して贅沢な翫具《おもちゃ》を買うのだね。その証拠には今の世の名画名筆と称せられて紳士の家に珍蔵せらるる者|殆《ほとん》ど皆《み》な偽物《ぎぶつ》ならざるはなし。十中の八、九と言いたいが専門の鑑定家に見せると百中の九十七、八まで尽《ことごと》く偽物だ。紳士の床の間は尽くこれ偽物の展覧会さ。心ある者に見せたらばかえってその主人の粗忽《そこつ》にして不風流なるを笑われる位だ。西洋の油画にはマサカこんな事はない。その代り名画は至《いたっ》て少い。それも年を追うて減少して行く。我邦の名画は年を追うて殖《ふえ》て来る。探幽の死んだ頃より今日の方が探幽の画も百倍多い。多分|生《いき》ている時|描《か》いた物より死んでから幽霊になって描いた物の方が多いのだろう。その偽物を床の間へかけて風流だとか高尚《こうしょう》だとか独《ひとり》でよがって台所では青銅鍋《からかねなべ》を使っているような似非風流が長く流行したら日本国も亡びるね。我邦の風流は大概実用と背馳《はいち》している。多くは亡国の分子を含んでいる。小山君、君にもその位な道理の分らん事はあるまいがただ古来の習慣を改め難《にく》いために勝手道具の買入方を躊躇《ちゅうちょ》するのだろう。床の間の画幅は三百円の品を二百円の品に更《かえ》ても生存上に影響はないから残《のこり》の百円を以て勝手道具を買てみ給え。鉄鍋は愚《おろ》か、銀の鍋を買ても知れたものだ」と主人の熱心は遂に小山の心を動かしけん「それでは僕も銅《あかがね》や青銅の鍋を廃して残らず西洋鍋に取代《とりか》えよう」中川「ウム、そうし給え、必ず実行し給え。日本人は風流問題に重きを置くけれども食物問題に重きを置かんから随分危険な事が沢山ある。茄子《なす》を糠味噌《ぬかみそ》へ漬《つ》けるのに色を善《よ》く出そうとして青銭《あおせん》を糠味噌へ入れる人もあるが、あれは青銭から緑青が出てそれで茄子の色を善くするのだ。その外菓子屋の菓子にも青い色には折々緑青毒の交ったものがある。最も浅ましい事はよく世間の台所で使う青昆布《あおこぶ》ね、あの色を青くするために緑青毒を交ぜるという不埒至極《ふらちしごく》な製造人がある。確か去年の事だっけ、緑青は人身に有毒だから青昆布へ交ぜてならんという禁令がその地方庁から下った。そうすると製造人一同から押返して歎願書を出した。青昆布の色を青銭で着ける事は百年以来の旧慣で一朝これを禁じられると製造者が立行かんからこの禁令を解いてくれろという歎願だ。随分得手勝手な歎願でないか。少数の製造者を保護するために世人《せじん》へ向って最も有害なる緑青毒の食物を売らせてくれろという歎願だ。今の人に共公心のないのはこれを見ても分る。人身に有毒だと知ったら製造者自らその製造法を改良するがいい。改良する心はなくって毒なものを長く売りたいという。実に浅ましい心でないか。食物を販売する商人に徳義心のないのは一番危険だよ」とかかる現象を文明者流に見せしめば何とかいわん。

— posted by id at 03:11 pm  

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