眼《め》の肉や嘴《くちばし》の肉

大きくないと眼《め》の肉や嘴《くちばし》の肉の美味しい処が沢山ありません。大きい頭を沢山お入れなさるほどスープの味が良くなります」とこの説明に小山再び難《かた》んずる色あり「ですがお登和さん、僕の家では小勢《こぜい》だから大きな鯛を一枚買っても身の始末に困ります。それに直段《ねだん》も高いし滅多《めった》には出来ないお料理ですね」お登和「一々鯛をお買いなすってその頭をスープになすってはお高いものになりますけれども、其処《そこ》には才覚という事がありまして、私が大阪におりました時分はいつでも鮨屋《すしや》へ鯛の頭を買いに行きました。鮨屋では鯛の身だけ使って頭と骨は不用ですから極《ご》く安く売ってくれます。どんなお魚を買うよりも安くってただ貰《もら》うような気がします。その外に料理屋でも鯛の頭と骨を無駄《むだ》にする処があります。ですから東京でも鮨屋へ頼んで鯛の頭を安く売ってもらいました。何でもそういう風に色々な才覚を致しますと美味しい御馳走も安上りに出来ます」と家庭の料理には才覚を要す。小山の妻君感心し「なるほど鮨屋へ頼めば安く買えましょう。何でも才覚ですね、同じ料理でも急ぐ時には軽便法を用ゆることをちょいと才覚しなければなりません。先日教えて戴いた薩摩芋の梅干和《うめぼしあえ》なんぞも忙がしい時に裏漉《うらごし》だけ略してお芋と梅干を直《す》ぐ摺鉢《すりばち》へ入れてよく擂交《すりま》ぜましたらそれでも結構食べられました。鯛の頭のスープは朝早く火にかけて晩まで煮るのですね」お登和「ハイそうでございます。火から卸《おろ》す一時間も前に塩で味をおつけなさいまし」とこの談話にも小山は再び異議を挟《さしはさ》めり「中川君鯛の頭は鮨屋で安く買っても一日煮通すのでは火が要《い》って溜《た》まらん。その外君の家の料理は何でも長く煮るから炭代《すみだい》を勘定するとなかなか高いものになるね」中川|呵々《からから》と笑い「君も随分不研究だ。僕の家の料理を日本風の七厘や火鉢で拵えたら炭代ばかりが大変だ。そこにもやっぱり才覚があって炭の要らない工風《くふう》にしてある。全体日本風の台所は竈《かまど》でも七厘でも火鉢でも火気を空《むな》しく飛散せしめて非常に不経済なものだ。或る西洋人が一年ばかり日本風の生活をしてみて驚いたというね。日本風の台所では殆《ほとん》ど火気の五分の四だけ空しく費《ついや》して実用に供するのは五分の一だといった。なるほど僕が研究してもその通りで、或る場合にはそれよりも多く火を浪費する。僕の家で鯛スープを製するには朝一度火を起すばかりで一日その火が持っている。決して二度と火をつぐ必要がない。もしも焜炉《こんろ》や七厘でそれだけの火気を使ったら五、六倍の炭が要る。お登和や、ここへスープ鍋と新工風《しんくふう》の火鉢とを持って来てお見せ」お登和「ハイ」と台所へ立ちて下女と共に一種異様の火鉢を持出し来《きた》る。

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