火の倹約

[#4字下げ]第六十一 火の倹約[#「第六十一 火の倹約」は中見出し]

 台所の経済法は何人も不断の研究を要す。研究せざれば無用の冗費《じょうひ》のみ累《かさ》なりて人は空《むな》しく金銭を浪費するのみ。主人の中川新式の火鉢とスープ鍋を客の前に出《いだ》さしめ「小山君、この火鉢は僕の新工風に成ったのだ。本式に製造させればもっと手綺麗《てぎれい》に出来るけれども間に合せだから武力屋《ぶりきや》へ頼んで普通の鉄板で張らせた。見給え、ちょうどスープ鍋が半分ほどスポリと箝《はま》るようになって上の方に小さな孔《あな》がポツポツ明《あ》いている。形状は先ず太鼓胴《たいこどう》で深さが非常に深い。これは火気を最も経済的に使うようにしたので普通の火鉢だと鍋の底ばかり下の方から温《あたため》るから火力の利《き》き方《かた》が悪い。これは火鉢の中へ深い鍋が半分箝って底ばかりでなく腰の周囲《まわり》を尽く温めるようになるから火の利き方がよい。それにスポリと箝って火気が決して外へ散らん。鍋の底と腰を温めてから上の孔より少しずつ上昇するばかりだ。この火鉢へは藁灰《わらばい》の上等を沢山入れてあるがこの灰を折々取かえなければならん。中へ用ゆる炭は極《ご》く堅い大きなのがよい。大きな堅炭《かたずみ》を七厘でカンカン起して火鉢の真中《まんなか》へ入れてまだ黒い部分があったら全く火になるまで鍋をかけずにおく。すっかり火になった処で四方より藁灰をかけてよく生け込んでおく。それから鍋をスポリと箝めるが一旦火になった炭だから決して消えない。中の火気は上の小孔《こあな》より上昇する外少しも散らないで鍋を四方より温める。灰をかけた火でも鍋の中はグラグラとよく煮立《にた》つ。こうしておくと晩までその火があるね。十時間や十二時間は確《たしか》に持つね。決して決して二度炭をつぐ必要がない。それでスープは独《ひと》りで出来る、人の監督も何も要《い》らん。ただこの火鉢を製造する時小孔の明《あ》け方《かた》がむずかしい。大きく明けるほど火が消えない代りに火気を失わねばならん。あんまり小さくって数が少いと中の火が消えてしまう。その工合一つで火気を経済的に使えるのだ。これはスープ鍋だが何を煮る時にも使う。火は朝一度起したきりで幾度《いくど》の料理でも出来る。これだけの火気を焜炉《こんろ》や七厘で使用したら一時間ごとに炭をつがねばならん。少くとも五、六倍の炭が要るね、西洋風のストーブは火気を経済に使えるけれども日本家屋の台所には不適当だし、在来の竈《かまど》や七厘は非常に不経済だし、早くこの事を改良したいものだ。全国の戸数を九百万として一戸が一年に十円の炭を使うとしても一年に九千万円だ。仮りに三分の二だけ経済にしても六千万円は浮いて来る。六千万円の冗費が台所から省けたら海軍拡張位何でもあるまい。戦闘艦の五、六艘ずつは毎年製造が出来る。実際精密に勘定したらその利益は六、七千万円に留《とどま》らん、必ず一億円以上になるだろう。今の人が倹約倹約と唱えるのは金銭を惜む事ばかりいうが、台所の経済法は金銭を惜むのでない。火気を倹約したりあるいは廃物を利用したりするのだ。僕の家では玉子の殻《から》も決して捨てず、蜜柑《みかん》の皮も決して捨てず、米を磨《と》いだ白水《しろみず》も決して捨てず、茶殻《ちゃがら》も捨てず、大根や牛蒡《ごぼう》の頭と尾《しっぽ》まで万年スープの材料にする位だから払溜《はきだめ》へ入る者は全くの糟《かす》ばかりだよ」と滔々《とうとう》たる説明に小山も漸く納得し「僕の家でも早速この新式の火鉢を造らせよう」[#「新工風万年スープ火鉢の図」のキャプション付きの図入る]

— posted by id at 03:14 pm  

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