色々の朝食《あさめし》

[#4字下げ]第七十四 色々の朝食《あさめし》[#「第七十四 色々の朝食」は中見出し]

 大原は何か話頭《わとう》を惹出《ひきいだ》してお登和嬢を引留めたし「お登和さん、僕も朝は日本食事を廃してパンにしようと思いますが中川君は毎朝どういう風な食事をなさいます」お登和「兄ですか、兄は何でも食事法を変える事が好きで毎朝料理法が違います。十日まで毎日変って行って十日目にまた後戻《あともど》り致します」大原「それは大変ですね、十日が間毎日変ったものが食べられますか」お登和「食べられますとも。一月まるで変った物ばかり拵《こしら》える事も出来ます。季節によって色々に取かえますが只今《ただいま》の処ではその月の一日には必ずオートミルのマッシを食べて珈琲《こーひー》を一杯飲みます。これは亜米利加風《あめりかふう》の朝食《あさめし》で、オートミルとは西洋の燕麦《からすむぎ》の挽割《ひきわり》にしたようなもの。それをお飯《まんま》の茶碗へ一人前なら八分目位前の晩から水へ漬けておいて朝起きると鍋へ入れて火にかけて食塩を少し入れて沸立《にえた》って来ると杓子《しゃくし》でグルグル掻《か》き廻《まわ》しながらよく煮る事が先ず四十分以上一時間位です。そうすると段々粘って固って糊《のり》のようになります。それをスープ皿へ盛って牛乳とお砂糖をかけて食べます。どんなにお美味《いしゅ》うございましょう。今度拵えて差上げましょうか」大原「どうぞ頂戴、そのオートミルというものは何処《どこ》に売っています」お登和「西洋の食品屋へ行けば大概売っています。二|斤入《きんいり》か四斤入の鑵詰《かんづめ》になっていて私の使いました中では英国のモルトン製造所のが好いようです。サック入といって沢山袋入にしたのが亜米利加から来ていますが暖い時分には腐敗していけません。亜米利加で新しいオートミルを買って拵えますと一晩水へ漬ける世話もなし、湯を沸立ててその中へ交《ま》ぜれば三十分で出来るそうです。けれども日本へ来ているのはヒネになっていますからどうしても長くかかります。馴《な》れない人は塩を入れる事を忘れて水っぽいものを拵えて味が悪いと言いますけれども塩加減が好ければ大層結構なものです」大原「それが第一日ですか、二日目は何です」お登和「二日目はパンの餡《あん》かけと名をつけたもので先ず牛乳を一合沸かしてその中へ少しの塩かあるいはバターとお砂糖を入れて溶いた米利堅粉を加えてドロドロになった時火から卸《おろ》して直《す》ぐ玉子を一つ掻き混ぜます。それからパンを両面焼いて小さくちぎってスープ皿へ盛ってその上へ今の牛乳と玉子の餡をかけます。外の人はよくパンを牛乳の中へ入れて煮ますがそうするとパンの味が抜けてしまいます。今のような料理にしますとパンの味もあるし餡の味もあるし双方の味で一層好いようです。この日にはチョコレートへクリームを加えて一杯飲みます。外に林檎《りんご》か何か菓物《くだもの》を一つ戴く事もあります」大原「それから三日目には何です」お登和「三日目は玉子と牛乳の淡雪《あわゆき》といいまして先ず大きな玉子の白身二つばかり茶筅《ちゃせん》で泡の沢山立つまでよく掻き廻してそれを一合の沸立っている牛乳の中へ交ぜて一度よく混ぜますと牛乳が白身へ交って白い泡がフーッと盛り上ります。それを網杓子《あみじゃくし》で西洋皿へ掬《すく》い取ってもまだ半分ほど牛乳が残っています。今度は二つの黄身へ塩と砂糖を交ぜてそれを牛乳の中へ掻き混ぜるとちょうど好い加減に固まりますから、それを掬い取ってお皿の上の白い泡へ載せます。いかにも綺麗で味も結構です。その外にこの日はパンへバターをつけて少し食べて錫蘭《せいろん》の紅茶を飲みます。この淡雪を拵える時白身の釈《と》きようが足りないといけません。細《こまか》い泡ばかりになればすっかり釈けたのですが大きな泡がフクリと出て来る内はまだよく釈けないのです。白身を釈くのはよほど気長にしないといけません」大原「白身は茶筅で釈きますか」お登和「沢山の白身なら西洋風の車の付いた玉子釈きもあります。和製の針金の網棒のようなものもありますけれども二つや三つなら茶筅で沢山です」[#「玉子の白身を泡立たる器械の図」のキャプション付きの図入る]

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