十日に十色《といろ》

[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]○オートミルは西洋にて滋養分多き食物と称せらる。即ち蛋白質壱割弐分、脂肪六分、含水炭素五割四分ありて米および麦に優れり。○玉子の白身が全く泡になる時はその器を倒《さか》さにして落ちず、これを度とすべし。○玉子の白身は原《も》と泡の如き小球より成立つものなり。故にこれを釈き泡にせしむれば大に消化を良くす。何の料理にも本式は多く白身を釈きて泡となしその上にて黄身と交ゆるなり。○オートミルは弐斤入一鑵四十五銭、四斤入七十五銭なり。○チョコレートは一斤七十五銭、クリームは一鑵弐十八銭なり。新鮮なるクリームは牛乳を一夜皿に置き上面へ浮きたるものを取るべし。[#ここで字下げ終わり]

[#4字下げ]第七十五 十日に十色《といろ》[#「第七十五 十日に十色」は中見出し]

 朝食の種類も多きものなり。大原は珍らしそうに「それから四日目は何です」お登和「四日目はタピオカかあるいはセーゴです」大原「タピオカというのは先日中川君も胃病の食餌箋《しょくじせん》の話しにお言いでしたが何です」お登和「印度《いんど》の穀物でタピオカもセーゴも似たものです。一時間ばかり水に漬けておいて鍋へ牛乳を沸かしてタピオカを入れて塩と砂糖で味をつけて三十分間ばかり煮ると葛《くず》のお粥《かゆ》のようなものが出来ます。あるいは先へお砂糖を入れずに出来てからそれへ砂糖とクリームをかけて食べても結構です。セーゴもその通りです。セーゴの方が粒の小さいだけ早く出来ます。孰方《どちら》も食品屋にありますから今度買って来て差し上げましょう」大原「どうぞ願いたいもので、その朝は何をお飲みです」お登和「この朝はココアを飲みます。ココアもチョコレートも同じようなものですが、チョコレートはココアへバニラなぞを加えて精製したもの、それを削ってお湯で煮出しますが、ココアの粉になったものは直ぐに牛乳へ混ぜて煮出します。味も幾分《いくぶん》か違います」大原「ヘイなるほど、五日目の朝は」お登和「先日差上げた玄米のマッシです。それに豆入の麦湯を飲みます。大麦の黒く炒《い》ったのと大豆のよく炒ったのと半分ずつ交ぜてよく煮出したのです。私どもはそのまま飲んでも味が大層好いようですが兄は牛乳かあるいはクリームを加えて飲みます」大原「六日目は」お登和「ジャーマン・トーストと申して牛乳と玉子をよく溶き混ぜて塩とお砂糖を加えてそれへ焼きたてのパンを浸《ひた》しておきますと十分間ほどで大きく膨《ふく》れます。フライ鍋へバターを敷いてそのパンを両面とも狐色になるほど焼いてそれへまた少しの牛乳をかけて食べます。もっともそのままでも食べられますが牛乳をかけた方が喉《のど》の通りが好いのです。飲むものはまた前の珈琲《こーひー》に戻ります」大原「七日目は」お登和「ロールオーツと申して燕麦《からすむぎ》の潰《つぶ》したものをオートミルのようなマッシにしたのです。オートミルよりも少し早く出来ます」大原「八日目は」お登和「ポークエンドビーンスといってサザキの湯煮《ゆで》たのと塩豚とへ蜂蜜を加えて蒸焼にしたのですがこれはちょいと素人《しろうと》に面倒です」大原「九日目は」お登和「コーンミルと申して玉蜀黍《とうもろこし》のマッシです」大原「十日目は」お登和「十日目は日本風の朝食で、味噌汁に御飯で沢庵《たくあん》のお香物《こうのもの》を食べます」大原「沢庵もお食《あが》りですか、あんな不消化なものを」お登和「ハイ日本の御飯には沢庵は是非必要です。お米は全体秘結させるもの、大根は下剤ですから双方がちょうどよく調和します。それに不消化物を沢山食べてはいけませんが折々は固いものを少しずつ食べると胃筋の働きを助けます。鶏が茶碗の破片《かけ》だの小石だのを食べて食物をこなすように胃の機械的作用が食物を砕く時中に固いものが少し交っているとかえってよくこなれます。だから沢庵だとかスルメだとか蒟蒻《こんにゃく》だとかいうように固いものも折々は少しずつ食べる方がいいそうです」大原「なるほど色々な事があるものですな。僕も今に貴嬢《あなた》がいらしったら毎日の朝食を取かえるようにしましょう」と嬉しそうに嬢の顔を眺むる。嬢は俄《にわか》に顔を紅《あか》くして勝手口へ逃げ出《いだ》さんとす。

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