十月二十八日(金曜)

[#1字下げ]十月二十八日(金曜)[#「十月二十八日(金曜)」は中見出し] 一時から文ビルでけい古、三益は病気で休むとのこと、たのもしくなし、後釜を考へることだ。小笠原明峰が来て、美松の二階のすきやきへ。漢口陥落景気で此のあたりお祭りさわぎなり。小笠原に、物を書くことをすゝめ、紹介の労をとるからと言ふ。それからルパンへ。滝村・阿部と会ひ、二月作品についての打合せをする。国光映画社の小笠原といふのによばれ、鈴木重三郎も林文三郎もゐて築地の何とかいふうちへ行った。その家も、呼んだ小笠原てのゝ感じも悪く、いゝ心持になれなくて弱った。帰ったのが二時半。夜半ボビーの鳴声に似た声遠くできこへ、心配なので、水を二階から吹いたらボビーのこ/\出て来り、安心してねる。

[#1字下げ]十月二十九日(土曜)[#「十月二十九日(土曜)」は中見出し] 十時半にビクターへ呼ばれてゐるので、十時四十分頃行ったが、菊田が来てるだけ、皆それから「おくれてすみません」と言ひ/\やって来る、此の連中と来たら全くしょうがない。徳山・江戸川で、菊田の「加留多会」を吹込む。一面終ると昼で、地階食堂へ。午後は、市丸・能勢・徳山で一面、これがすら/\行かず、徳山が舌をかんじまっちゃあやり直しで、三時近くなってしまふ。文ビルへ。京極が原信子の弟子の国友春枝といふのをいつか使って呉れと連れて来る。有楽座の藤原義江のオペレッタ「微笑の国」をのぞいて、四時母上・道子と四谷見附のレストラン三河屋へ落ち合ひ、浅草へ、国際キネマ劇場でニュースを見て、みや古で夕食、車で提灯行列の波を見乍ら帰る、九段坂上から下へ、灯の波の壮観もの凄かりし。

[#1字下げ]十月三十日(日曜)[#「十月三十日(日曜)」は中見出し] 大阪へ。 十二時に迎へが来り、東京駅へ。一時の特急で大阪へ向ふ。二等車、同行サトウロクロー、藤田と北村、すぐセリフを覚えにかゝる。横浜から男の子連れの奥さんに隣へ来られ、つひに下りる迄なやまされた。食堂へは二度、二時頃シチューとライスカレー。六時半に定食をやった。「暢気眼鏡」一冊読了、尾崎一雄てのはいゝ。かなりダレた頃、九時二十分大阪着。暑いので驚く。いやはや夏の如し。すぐ松平旅館へ。今回は満員らしく今日のところは書生連も次の間へ同居とある。北浜のサンボア迄のして、カメオなんていゝのがあるので快く飲む。

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